【自己紹介】障害者向けに働き方、人間関係、お金の事とか話します。

どうも
えぬです。

今回は自己紹介を兼ねて障害者サラリーマンになるまでの私のお話です。
「えぬって誰?」
「障害者だけど本当に会社で働けるかな?」
と気になる方はぜひ最後まで読んでくれと嬉しいです!
私の仕事、社会人になって苦労した事をお伝えします。

それではさっそくいってみよう!

私の障害と大人になるまで

私は先天性の心臓疾患です。
とある家庭の長男として生まれました。
家族構成は私と母親、祖母、祖父の4人で暮らしていましたが、世間でいうシングルマザーの家庭です。

当時は先天性の通り生まれた時から心臓が悪いため入院や手術を繰り返していました。
まだ小さいときの事なので覚えている事は少ないですが
・誕生日を病室で過ごしたこと
・朝起きて母親に会える面会開始時間になるのを毎日待っていたこと
・入院中にできた友達と当時はポケモンゲームで遊んだこと
は覚えています。
あと心臓手術の後の抜糸がちょー痛かった事も覚えています(笑)

幼少期はこんな感じで入院と手術を繰り返しながら過ごしていました。
小学校は休みがちでしたが運動会や遠足もいけて友達を多くいて割と充実していました。
ただ中学校に入学してから状況は一変しました。
どうも中学校に馴染めず不登校になりました。
不登校になった理由は2つかなと思います。
1つ目は同級生との身体能力、体力の差が出始めてクラブ活動ができなかったこと。
小学校までは同級生たちとの身体能力にそこまで差がないため
ドッジボールや野球、サッカーを一緒にできました。
中学校に入ると今まで一緒にスポーツをしていた同級生はクラブ活動をします。
しかし中学生になると身体能力に差が出始めて医者からもクラブ活動はNGと言われている私はクラブに入れず一人取り残されました。
今までは授業が終われば晩ごはんの時間までスポーツや当時だったら遊戯王、ゲームをして遊んでいましたが、中学生になってからは
授業が終わるとみんなクラブ活動にいきます。
同級生が昼休みはクラブ活動の話をしてクラブ活動で知り合った他クラスの学生と仲良くなっていくうちに私は友達がいなくなりました。

もう1つの理由は圧倒的に私が勉強ができなかったことです。
当時は全く勉強ができずクラスでワースト1,2位を争うレベルの実力でした。
圧倒的に勉強ができないのだから授業なんて楽しくありません。
先生が何を言っているのか分からないのでノートを取るだけの作業でした。
一応ノートは取っていましたが復習やテスト勉強をしないので身につくはずがありません。

「クラブ活動をしないため友達ができない、勉強ができないから授業が面白くない」

これって学校に行く意味があるのか?

学校生活が1ミリも楽しくない私はだんだん学校にいかなくなり、ついに不登校となりました。
不登校になってからは朝起きてゲームして、パソコンで遊び、後はご飯を食べる風呂に入る寝るの「ザ・不登校」といった生活でした。
そんな不登校になった私に対して母親は寛容でした。
「学校に行きたくないなら行かなくてもいい」といった態度で見守ってくれました。
今思うと障害者の息子が学校に行かないまま大きくなっていき将来どうなるか不安だったと思います。
それなのに学校に行かなくていいと決断し、代わりに経済的に苦しかったのに個別指導塾に通わせてくれた母親には大人になった今でも感謝しています。
そしてこの母親の決断が私の人生の復活劇になることは当時の私、そして母も知るよしもありませんでした。

学校は嫌いでしたが塾は好きでした。
個別指導なので私のレベルに合わせて教えてくれ分からないところは分かるまでやってくれる。
塾では1つ得意科目を作る事が最初の目的で英語から始ました。
基本的に塾で習うのは英語のみですが、夏休みや冬休みの時期になると夏期講習、冬期講習で国語と数学も勉強しました。
英語に続いて歩みは遅いですが、徐々に定期テストの点数は上がってきました。
ちょうど人並にあと少しくらいのところまで点数を上げる事はできましたが、残りの社会と理科が壊滅的だったので
高校は地元近くの偏差値40くらいの高校へと進学しました。

高校時代の偏差値が低いことが私にとってはチャンスでした。
偏差値が低いので授業もいきなり高校の内容からスタートではなく中学校の復習から始まりました。
国語、数学、英語が人並に届くところ、理科、社会が壊滅だった私はそこでリスタートする事ができ徐々に5教科全体の成績が上がっていきました。
そして1年が経過するとクラスで1位を取れるまで成長しました。
ではクラスメイトとの関係はどうだったのか?
高校生になってもクラブ活動はあります。
ただ違ったのはクラブ活動をしない生徒がクラスの1/3いた点です。
また私の高校ではクラブ活動をしない場合、強制的に授業後に補習授業を受ける決まりでした。
通常の授業+1コマある感じです。
そうなると私を含めたクラブ活動をしない人たちは朝から6時くらいまで一緒に過ごすことになり自然と仲良くなっていきます。
勉強はできるようになるし友達もいる。
中学で躓いた私はまわりの環境のおかげでリスタートを切ることができました。
思い返すと当時の私にとって最高の環境だったとしみじみ思います。

その後は中学時代と違って受験勉強に励み関西の有名私大の工学部と進学できました。

大学進学後は私も未来の事を考えるまでに成長し数年後に来る就職活動に向けて何か1つ武器を身に着けようと考えTOEICに力を入れました。
元々得意科目といえるくらい英語は良かったのでTOIEC半年くらいで700点台にいけました。
文系だと700点台はある程度いますが、理系だと700点以上はレアキャラです。

「よし!これを武器に就活を戦おう!」
と意気込んでいましたが、大学3回生になる直前で持病が悪化するハプニングが発生しました。
幸い投薬の変更と自宅での酸素濃縮器着用で改善はしました。
しかし悪化する前ほど身体は回復しませんでした。
そして自宅での酸素濃縮器着用が必要となったため海外で働く事はムリゲーになりました。
TOEICの点数は良いけど海外出張にいけないという矛盾が発生した状態となり準備していた武器はなくなり0からスタートです。

ここから就職活動に励み紆余曲折いろいろありましたが、無事に内定を頂き就職先が決まりました。
(障害者だからこそ就職活動で苦労した点、それを乗り切る工夫した点はありますが、この話は別でやります)

仕事はITエンジニアです。

大卒で入社してから約7年近く今の会社でITエンジニアとして働いています。
VRやクラウドといった最新テクノロジーをお客様に提案したり技術情報をまとめたりが私のお仕事です。
続いて労働環境はこんな感じです。

・給料は健常者と同じ
・月曜日から金曜日の平日勤務
・1日の労働時間は7.5時間
・デスクワークが大半だけどお客様訪問もある。
・土日祝と年末年始はお休み

新卒で入社して7年近くたちました。
世間的には中堅?社員だと思います。
こんな感じでどこにでもいるサラリーマンです。

ただ普通の人と違うのは内部障害を持つ身体障害者という点です。

社会人になって苦労したのは体調管理

社会人になってから今も試行錯誤中ですが最も苦労するのは体調管理です。
学生時代は体調が悪くなって2-3日休むこともできますが社会人の場合はできません。
今までの学生生活なら急に休んでも大して問題ありません。
(試験など特別なイベントは別ですが)
でも働くとなると休めない(休みにくい)日が増えます。
例えばお客様訪問の日や重要な会議のときは休めません。
そもそも有給休暇に上限がありポンポン休んでいたら有給休暇を使い切ってしまって欠勤もしくは病気休暇扱いとなり減給や人事評価が下がります。
それに持病が原因の体調不良なので仕方ないのですが、労働契約を結び給料を貰って働いている以上は持病と仕事は無関係です。

とはいえ辛いときは辛い

しんどい時はしんどい

人間ですから当たり前ですよね
なのでお客様訪問休めない日にしんどくなった時はその日は残りの力を振り絞って過ごし
翌日は休みます。
有給休暇をためらいなく使い休みます。

だって身体は辛いですから

普通の人でも体調不良で休む事があるのに心臓疾患を持って人より体力が少なく疲れやすい身体なのだから

この体調管理で私が工夫している点については次回以降でお話していきます。

本ブログの発信内容

どうしても障害者として生まれた以上、生きていく上で健常者ではない経験しないトラブルが出てきます。
それは私だけでなく今この記事を読んでくださっている障害者の皆さんも同じかと思います。
そんな皆さんの少しでも参考になればと思いブログを立ち上げました。

本ブログでは障害者サラリーマンである私が仕事、人間関係、お金を中心に経験談を発信していきます。
他にも障害者の多くが悩む一方で情報が少ない恋愛や就活といった話もしていきます。

最後まで読んで頂きありがとうございました!

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